携帯小説

「ねれない」

午前4時32分に送信されていた。アラームを止めて最初にすることは恋人からのLINEを確認することだ。眠れないという内容のLINEはほとんど毎日送られてくるため、正直慣れてしまったし、さりとてなんと返信するのが一番良いのか分からない。

「おはよう」

とりあえず返信した。

「寝れなくてつらい」

すぐに返事が来た。気持ちは分かるけど何を言って欲しいのか分からない。とりあえず頭を撫でているスタンプを送った。

「仕事行ってくるね」

それが最後のやり取りになった。

 

 

恋人なんて何の救済にもならない。分かっていた。昼職を転々としたあと夜職も齧ってみたが、給料が高めとはいえ出ていくお金も多く、ストレスから散財も悪化してお金は貯まらなかった。自暴自棄な気持ちになって入った飲み屋で声をかけられ、聞かれるままに連絡先を教え、数回会っているうちに気がついたら恋人ということになっていた。眠れないと頭がおかしくなって、明け方眠れないとメッセージを送りつけてしまうようになった。でもこんなの相手を困らせるだけだ。やめなくてはいけない。それで、LINEをブロックした。

 

 

恋人から返信が来なくなり、流石に心配になった。嫌な予感がしてブロックされていないか確認するためにスタンプをプレゼントしようとしたら、案の定このスタンプを持っているためプレゼントできませんの文字が表示された。心配していたのが馬鹿らしくなってきた。何も言わずに居なくなるのか。まあそういうものか。所詮はナンパから始まった関係だし仕方ないとため息をついた。大体、顔と雰囲気が好みだっただけで何も分からないままだったのだ。どうしようもない。

 

 

LINEをブロックしてしまえば終わる関係ってなんだったんだろう。彼の家にお邪魔したことはあったが私の家には招いていない。LINE以外の連絡先は教えていない。私は彼の人生から蒸発した。意外にもこういうことは初めてだが、やってみてよく分かった、ただの不毛だ。

なんとかして働かなければいけない。でも、それも疲れてしまった。彼はずっと昼職をできていてすごいと素直に尊敬する。私には出来なかったから。

もう終わりにしたいな、と思った。でも自殺を完遂する自信もない。私はどこに行けば。

 

 

ナンパはもう懲りたと思った。顔と雰囲気が好みだと言ってもそれだけのことだ。そう思うのにまた顔が好みの女の子を目で追ってしまう。

また同じことをするのか。自分に呆れた。でも他人に期待するのは不毛だ。誰にも声をかけずに店を出て一人で家に帰った。

 

 

もう何日もうまく眠れていなかった。身なりを整えることすらままならないという状況だったが、もう家にいることもつらかった。それで身なりを整えて外に出ることにした。運良くナンパされれば一人で朝を迎えずに済む可能性がある。久しぶりに繁華街近辺に行った。大きな交差点で喧しい宣伝カーを見た。バニラ高収入と繰り返されていることが分かった。この地を出たい。いつか誰かが言っていた、誰でも受け入れてもらえるという街、歌舞伎町に行きたいと思った。クレジットカードが止まることを懸念したがそうなったら死ねば良い。私は財布とスマホ、モバイルバッテリーだけしか持っていなかったがそのまま歌舞伎町に向かった。歌舞伎町は煌びやかだった。きらきらとしていて、でもその実何にもない街だということがわかった。行く場所を失った。知らない男に声をかけられてついて行くと、ホストクラブに連れて行かれた。ホストにキャバクラかメンズエステは?と勧められ、店を紹介してもらうことにした。

 

 

恋人が蒸発してから3ヶ月経った。どうでも良くなった気はしていたが、時々思い出していた。しばらく女を抱いていないことに思い至り、デリヘルでも呼ぶか、と思い立った。風俗情報サイトを開くがピンとくる嬢はなかなかいない。

諦めてもう閉じようとした時に目に飛び込んできたのは、蒸発した元恋人だった。その時、全ての情がなくなった。そういう子だったんだね。サイトを閉じて、検索履歴も消した。消せなかったLINEのトーク履歴とわずかな写真を消し、全てを無にした。終わることができた。僕はようやくほっとすることができた。

 

 

キャバクラでうまく指名が取れなかった私は担当に八つ当たりするようになった。担当は慰めてくれていたが、それでも指名を取れるようにならない私にデリヘルを勧めてきた。これまで聞いたことがないような甘い声で。サイトへの顔出しなしと聞いていたがサイトを見ると顔にもどこにもモザイクはかけられていなかった。どうでも良かった。おかげさまで指名は取れるようになったが、リピートがあまりなかった。繰り返すということができないのかもしれない。元の家は強制退去になった。デリヘルの寮にしか居場所がない。繰り返すことはできないのに終わりが来ない。私は何もわからないままに客の相手を毎日する。