また会えるから

ミカは昔から物を頻繁になくす子だった。彼女の母親がいくら持ち物に名前を書いても、目立つ色の持ち物を用意しても彼女は持ち物を失くしてしまうのだ。

とはいえミカが失くすものは小さいものばかりだった。ピンクのハンカチ、黄色いクレヨン、オレンジ色の小さいくまのマスコット。失くしても悪びれないミカに母親は叱責を繰り返したが、叱責で紛失をやめられる訳もなく、ミカの紛失は繰り返されていた。

 

とはいえミカの欠点は小さなものを紛失する程度で、その他には目立った問題がなかった。母親はミカを心配しながらも見守ることにした。

 

事件が起きたのはミカが中学生の頃だった。ミカの両親は家を建て替えることにした。建て替えのために業者がミカの家の土地を掘り返したところ、ゴミがたくさん出てきたのだ。掘り返したために粉砕されてしまったものもあったが、ピンクだった布切れや小さなぬいぐるみ、蛍光ピンクのキーホルダー、ラメの入ったスーパーボールまで出てきた。両親は仰天し、それらを取り除かないと家を建てるのは無理だ、取り除くのに追加の費用と時間がかかるという業者に平謝りした。そう、ミカはお気に入りのものを埋めていたのだ。

 

両親はミカを問い詰めた。どうして物を、それもお気に入りの物を埋めようと思ったのか、と。ミカは答えた。

「前にね、飼ってたキンちゃんが死んだとき、庭に埋めたでしょ、あれと同じだよ。」

「死んだ金魚とお気に入りのぬいぐるみが同じなわけないだろう。」

「ううん。同じだよ。確かにあのぬいぐるみもハンカチもみんな気に入ってたけど、でも、飽きちゃったの。飽きちゃったら死んじゃったのと同じでしょ?それに埋めたらそこにずっといるんだから、もし会いたくなったら会いにいけるの。亡くなった桧山のおばあちゃんだって焼かれたあと埋められてるから会いに行けるでしょう?」

両親は絶句した。この子はどこかおかしいに違いない。でも、どうすれば?

「とにかく物を埋めるのはやめなさい。埋めるのは亡くなった人や動物を弔うためで、飽きたものを埋めるのは間違ってるんだ。弔うってわかるか?分からなければ辞書で調べなさい。今度何か埋めたくなったらお父さんに相談してからにしなさい、良いね?」

「…わかった。」

釈然としない顔でミカは答える。

 

その後ミカは庭に物を埋めなくなった。両親は胸をなでおろした。

 

大学を卒業して数年後、ミカは結婚し子どもを授かった。

切迫早産になったことをきっかけにミカは仕事を辞め、ミカの実家で暮らすことにした。出産後もミカは実家で子育てをした。ミカの実家は乳児用の衣類やベビーベッドなど子育てのための物で溢れた。ミカは乳児を抱きかかえてよく散歩をした。両親はミカのサポートをし、穏やかな日々が続いていた。少なくとも表面上は。

 

そんなある日、ミカの両親は銀婚式を迎えた。

「子育て慣れてきたし、ふたりで旅行でも行ってきなよ。」

ミカは言った。両親はミカの安定した様子に安心していたため、旅行に行くことにした。

旅行から帰ってきた両親は仰天した。ミカの娘のおもちゃがすべて無くなっていたのだ。

「おもちゃはどうしたの!?」

「…庭に埋めた。」

「どうして!?」

「○○がもう飽きたって言ったから…。」

両親は途方に暮れた。ミカから目を離すわけにはいかない。

そうはいっても両親は当然老いていく。バリアフリーではない普通の家で暮らすことに限界が出てきた。両親は意を決して義理の息子、つまりミカの夫にすべてを話した。

「そういうわけで××くんにはミカから目を離さないでほしいんだ、お願いできるかな」

「わかりました、なるべくミカをひとりにしないようにします」

こうして両親は老人ホームに入所していった。

 

ミカの子が生まれて2年ほど経った頃、ミカの娘はイヤイヤ期に突入した。

ミカに余裕があるときは冷静に娘の相手をできるのだが、余裕がなくなると、娘が嫌だと跳ねのけた物ーおもちゃ、タオル、ヘアブラシ、おむつなどーを庭に埋めてしまうのだった。ミカの夫は日中会社で働いているため付きっ切りになることはできず、深夜こっそりとミカの埋めたものを掘り返すことになった。

 

ミカの娘のイヤイヤ期は4歳を目前にしてぱたんと終わった。ミカとミカの夫は肩の荷が下りた気分だった。しばし平和な日々が続いた。

 

 

ミカの夫が深夜に帰宅した日、ミカの姿も娘の姿もなかった。

ミカの夫がミカに電話を掛けようとスマホを取り出すと知らない番号からの着信履歴があった。電話番号を検索すると△△警察署だった。急いで折り返すとミカと娘を保護しているから迎えに来るようにと伝えられる。安心してください、お二人とも無事です、と言われるが安心なんてできるわけない。とにかく警察署に来てくださいと冷静な声の警察官に言われる。警察署に着いて入口にいた警察官に名前を伝えると、担当らしき警察官に引き継がれた。

「娘さんは奥さんが面倒を見ていらしたんですか?」

「はい、そうです」

「大変申し上げにくいのですが、奥さん、娘さんを庭に埋めようとしていたみたいで」

「それで娘は」

「無事です。奥さんが庭に埋めようとしていたところ、通報があって保護しました。病院にも連れて行きましたが特に怪我はないとのことです。」

「娘に会わせてください」

「わかりました。今寝ていますが顔を見てもらうのは構いません。」

警察官に連れられて別室に行くとベッドで娘が眠っていた。見たところ目立った傷はない。少し落ち着きを取り戻した。警察官に促されてすぐに部屋を出る。

 

「それで妻は…」

「別室にいます。こちらの問いかけにあまり応じてもらえなくて困ってるんですよね。旦那さんからも声かけてもらえませんかね。」

さらに別室に連れていかれると、妻がいた。疲れ切った、呆けたような顔をしていた。

「ミカ、お前なにしたんだ!」

「…また会えるでしょ?」

「何言ってるんだ。」

「大事だったけど飽きちゃったものは埋めるの、そうすればそこに行けばまた会えるから。」

「○○を殺す気だったのか!」

「○○はもう死んでるよ。だって母親の私がもう飽きちゃったんだもん。」

 

***

その後、半年かけて離婚が成立し、ミカの夫は娘を引き取った。

 

ミカの家の庭には、穴を掘った跡が無数にある。