それでも

ひとを失った。厳密にはすべての連絡手段を絶たれたわけではない。用があれば連絡くださいとも書かれていた。まあそれが字義通りだと多くの人は解釈しないだろうが、ともかくそのひとはそう送ってきた。それだけが一抹の救いだ。

どうすれば良かったかは明白で、私が私のことを話しすぎなければ良かった、あるひとのことばを借りるなら何も言わなければ良い、わけだったんでしょう。それってどういう関係性なんでしょうかという問いは残るが。

 

そのひとにまつわるあるものを手放した、厳密には全然関係ないひとに譲った。とはいえ私が贖ったものだから問題はないでしょう。

 

 

それでも。それでもそのひとが好きな音楽を聞いては心のリストカットをしている気分になっている。耐え難い不在が楽曲で埋まるわけもなく。

 

 

 

その人がご教授くださった厚い厚い本を手に取るべきときがきたのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ神様あなたが私たちに与えた試練は何なのですか?

 

バレンタイン(2024年)

 

イベントにそれほど積極的な方ではないが、バレンタインはかなり好きなイベントだと思う。

美味しくて可愛い(あるいは)おしゃれなチョコレートたちが様々なブランドで販売されていて、それらを眺めるのは気分が良いし、人々に送りつけるのも気分が良い。そう、人に素敵な物を贈る口実と贈る物が用意されている最高のイベントなんだよね。

 

今年あげたチョコレートの一部はインターネットの海に放流されてしまって、ゆのさんのこと伝わってなかったんだ、解像度には疑問があったけどそこまでだったんだね、になっちゃった。

 

 

 

ところでひとにおすすめしてもらったチョコレートを初めて自分用に買ってみた!

お家に届いたけどまず箱が可愛い!

中身も可愛い!

味はね、インターネットには公表しない!

教えてくれたひとにお礼の連絡しなきゃな〜と思ってるところ。

 

チョコレートを贈ったひとにも敢えて贈らなかったひとにもそれぞれに𝓛𝓸𝓿𝓮があります…。

 

来年はどんなチョコレートに出会えてどんな𝓛𝓸𝓿𝓮を送るんでしょうね。

 

完璧なデート

 

思いの外早く目覚めてしまったが、寒くてベッドからは出られない。意を決してエアコンのリモコンに手を伸ばし、腕に刺さる冷たさに縮こまりながら電源ボタンを押す。

 

この部屋に越してきてから1年経つ。

ひとりで暮らしているが私はまだ彼が帰ってくるのを待っている気分がどこかにある。

 

24日が日曜日という世のカップルには優しい日取りになっている年だ。私には厳しいということになるのだろうが、私も今日を楽しむぞという気概がある。

 

部屋が暖まってきたところでベットから出る。

今日はひとりでレストランに行き、水族館に行き、イルミネーションに行く予定だった。けれどもひとり客の予約はどのレストランにも難色を示されてしまった。仕方がないから今日は早めの時間から並ぶことにする。そのために早くおめかしする必要があるのだ。

 

この日のために買ったワンピースがある。

クラシカルなロリィタ服めいたスカートの裾の広がりを見せている、チェックのワンピース。色は深い緑。

このワンピースに合わせて黒くてかかとの高い靴とクラシカルなデザインのバッグも買った。

 

パジャマを脱いで特別な日に身につけると決めている下着を身につける。深緑のワンピースに試着以来初めて腕を通す。いや、購入の時に新品を用意してくれたから初めて身につけることになる。ワンピースのチャックを自分であげることには未だに慣れない。

化粧をして髪を巻き、香水を身に纏う。万人が嫌いじゃない清潔な香りはあまりにも私らしすぎるチョイスだと思う。

 

完璧な装い。けれども彼は満足しなかった。私の顔が美しくないから、所作が美しくないから。

 

***

 

 

行列のできたレストランに並ぶ。予約をしない無計画なカップルと同じ扱いを受けるのは正直悔しいと思ってしまう。何名様ですか?の問いかけにひとりですと答えた私に店員が少し引き攣った表情をしたのを見逃すことは出来なかった。それでも席についた私はすぐさま注文をして堂々と食事をする。

 

水族館は事前にチケットを買っていたためスムーズに入館できたが、何を見にきたのかわからないくらい人間で溢れかえっていた。なんとか水槽に近づいて魚を見る。ほんとうは私も有象無象の男女二人組になるはずだったのだ、と思うと心がきゅっとなる。水槽が魚たちにとって十分広いとは思えず、また、水が寒々しく思えてきて足早に退館してしまう。

 

***

 

イルミネーションまで時間が空いてしまったので駅ビルに行く。どこのカフェも馬鹿みたいに混んでいて、座るのを諦める。買い物をすると荷物になってしまうから何も買いたくないが、買う気もなく店に入るのは気が引ける。私は途方に暮れた。カラオケに行こうかと思ったがこの装いでそんな俗っぽい場所に行きたくないと強く思う。悩んだ末に立ち尽くしてしまい、とにかく腰を下ろしたい私はカフェの行列に並び始めた。ひどく惨めだと思ったが、この完璧な装いをしていて何を惨めに思う必要があるんだと思い返した。痛む足を揉みたい気持ちを抑える。今日の私はお姫様だからそのような振る舞いはしない。

 

***

 

イルミネーションはひどい人混みで、諦めて帰ろうかと思うほどだったが、なんとか耐える。カップルばかりの人混みの中で私は孤高のお姫様なんだと言い聞かせる。言い聞かせてからぎょっとしてしまう。私はひとりなんかじゃない。彼がいるんだから。今ははぐれているだけで、すぐに迎えにきてくれる。そうしたら私は少しだけ不機嫌な顔をして、彼は機嫌直してと頭を撫でてくれるだろう。煌びやかなイルミネーションより人の頭の方が視界に入ってくるが、まあそういうものだろう。ふたりきりで見られたら良かったのにと思うが、そんな無理難題ふっかけるほど理不尽な姫にはなりたくない。私は順路を回り終えてイルミネーションの展示会場を出る。

 

 

***

 

 

ふらふらになりながら歩いて、彼と行ったことのあるバーに入る。お姫様とて成人していればお酒くらい嗜んでも良いだろう。柑橘系のフルーツを使ったカクテルを頼む。アルコールが回ると涙腺が緩んでしまった。どうして私はひとりなのだろう。どうして彼は迎えにきてくれないのだろう。私はこんなにも彼好みの装いをしているのに。私の顔がいけない?育ちが悪いから?私はタクシーを呼んで自宅に戻る。

 

 

***

 

 

脚立なら前から準備していた。

12階から飛び降りればまあ失敗はしないだろうけど、足から落ちないために脚立を用意した。

今日を完璧に過ごしたかったけれど、そうはいかなかった。こんなんだから私は愛されない。こんなにもお姫様なのに。私の葬儀に彼は来ないだろう。彼はもう結婚しているのだから。

私は手持ちの薬を全て飲む。脚立の上に立つ。化粧は崩れているだろうが、どうせぐちゃぐちゃになる。私は最後に精一杯息を吸って吐いて、脚立から身を放つ。

 

 

 

怪我だらけの私が病院で目を覚ましたのはまた後日の話。

 

 

 

 

 

弱くなるのに

アルコールを飲むと大抵の人は様子が変わる。

笑う、泣く、怒る、暴れる、寝る。

どう転ぶとしても(飲酒運転が法で禁じられているように)アルコールを摂取すると少なからず判断力が低下することが多い。それなのに、アルコールを摂取するのは勇気があると思う。だって弱くなることが約束されているものを自ら摂取するのって怖くない?

弱って刺されても良いって思ってるひともいると思う、でも多くのひとはそんなこと考えずに楽しくなるから、くらいの理由でアルコールを摂取するし、ひとによっては路上で寝てしまう。なぜ、そんなに弱さを晒せるのか。

 

けれども自らの意思で眠剤を飲む私も同じく弱くなる選択肢を取っていて、矛盾しているかもしれない。眠れないと疲れが取れないからどのみち弱くなるんだけど。

 

 

 

私はリビングでうたたねをすることがない、というか自宅では自分の部屋の寝床以外の場所で眠ることがない。眠るっていう完全に無防備な状態になるのって怖くない?別に自宅で暴行を加えられているわけではないけれど、私は自宅で気を抜き切れないのかもしれないと思っている。

 

 

かつての恋人の家ではよく眠れた。迷惑な話だが限界になると彼の家に突撃して寝かせてもらっていた。今はもう失ってしまった実家のような場所。

 

また自ら弱くなれる場所を手に入れたい。

 

4年前

4年前の今日、私はこのブログを開設したらしい。

大学卒業に向けて苦しんでいたこと、恋愛に絡む人間関係に苦しんでいたことをうっすら思い出せるけれど、今となっては死んだひとを偲ぶ気持ちに近いものがあると感じる。いや当然つらかったんだけど。ブログを開設したのは当時の対抗意識の現れだったと思う。

 

4年前恋人関係にあったひとのご実家で飼われていた猫ちゃんに一度だけお会いしたことがある。その猫ちゃんが今日亡くなったらしい。

 

 

猫ちゃんは初めてきた私にも仲良くしてくれた、ちゅーるもあげて良いよと言われてちゅーるを食べてもらった記憶がうっすらある。私の膝の上に乗ってくれたし撫でさせてくれた、かわいいの権化だった。

 

彼と縁が切れた時点でその猫ちゃんに会える可能性は無になったわけだけれど、インターネットに時々アップされる猫ちゃんの姿を私は楽しみにしていて、でも、もう更新されることはない。

 

 

 

彼の投稿を見に行ったけれど、猫ちゃんが亡くなったことに関する言及はなく、ふざけた投稿をしていた。まだ知らないのだろうか。あるいは受け容れられないのだろうか。私にはもう彼のことは分からない。彼もまた死んでしまったひとであり神様だから。

 

 

猫ちゃんの名前を書きたくてたまらない、○○ちゃんかわいいねって言ってきたから、でもきっと明言しちゃだめなんだろうと思う、ほんとうは神様つまりは彼の名前をもう呼んではいけないように。

 

 

 

寂しいね、でももう猫ちゃんは苦しまなくて済むはず。

夏が終わりを迎えるたびに猫ちゃんのことを思い出そうね。

 

あるいは傷つけ合ったあとに

「別れてください」

何度送られてきたか分からない。

昨日散々抱いておいて別れてくださいはないだろう、と思うがこの程度の突拍子もなさで驚いていても仕方ない。

「昨日あんなふうに抱いておいて別れろと言われてもはいそうですかとは言えないです。」

至極真っ当と思われる返信をした。

 

大体、もう事実上の(次の)恋人がいるんじゃないのか。

言い寄ってきた女の人と、それとは別にデートした相手。でも、誰がどうでもなんでも良い。

 

「何がなんでも別れる気ないでしょう」

別れる気がない、というより言いなりになる気がない。今の主張が別れてくれだから別れる気がない、になってしまうんだろうけれど。

 

 

これよりあとのことは記憶が曖昧だ。ただ覚えているのは魔が差して他の男の子とデートしたいと思ってしまったこと。もう終わりだと思った。なんと伝えたか思い出すことはできないけれど、私は恋人との別れを受け容れた。

 

 

別れはただの喪失だと思っていた。けれども別れたあとに離婚したあとってこういうある種の穏やかさが漂うのかなと思ったことはログに残されていた。彼もいいねしてくれた私の言葉。正確に書き起こすために見返す元気がない。

 

 

 

新しい恋人ができたのにシェアハウスの家賃を私に払ってもらおうとした(払った)のはなんでだったのかな。セックス代?

 

私って全部耐えてたら今も関係切られずに済んでたのかな。

 

 

 

 

もう死んじゃった神様の話だから何を言っても許される。

だって神様だから。