流れるままに

「明日、会えませんか?」

そう送ったけれど既読すらつかず、諦めた私は他のトークルームを開く。

 

「明日会いたい」

さっきまで別のことについてやり取りしていたのにぶった切るような言葉を送った。

「何時?」

意外にもすぐ返信が来て、私はその男と会うことにする。

「どこか行きたいとこある?」

一番難しいことを聞かれる。灼熱地獄の真夏の東京で行きたいところなんて夜にしかないし、明日夕方には東京を出る。

少し遠いんだけどと切り出した多摩の展示は多摩って遠いんだよとやんわり断られた。

他にも何箇所か候補地を挙げたけれど「暑くて死ぬ」の返信が繰り返される。

困り果てた私は博打に出る。

「こんなこと言うのアレだけどずっと涼しい場所、宿泊施設かな」

「それはそう」「どこも暑いからね、家から出たら負け」

「じゃあ○○邸は?」

「うち、何もないよ」

じゃあどこで会うつもりだったんだと若干いらいらする。

「まあ明日決めよう。ホテルまで迎えにいこうか。」

迎えに来てくれるという気遣いに思わず嬉しくなってしまう。

「迎えに来てくれるの嬉しい、○○ホテルにいる、××駅のすぐ近く。チェックアウト10時だからホテルに10時に来て」

「了解」

これで前述男性から会いましょうと連絡が来たら私はどうすれば良いんだろうと思うとやや気が滅入る。

まあ完全に杞憂で夜遅くになってから、「明日は難しいかな。」と簡潔な返信が来た。

落ち込む気持ちとほっとした気持ちが入り混じる。

東京は私にとって、なんでもある街、ではない。会いたいひとたちに会うための街だ。だからこれで良い。私は眠る支度をし、眠れないことを予期しながら横たわる。

 

翌朝もここ数日と同じように早朝5時頃に目が覚めてしまった。二度寝することができず、7時過ぎに身支度を始め、8時には支度を終えてしまった。

「もういつでも出られる」

今日会う男に連絡する。

「分かった。9時過ぎにそっち行く。」

10時って言ってたのに1時間も早く来られるなんてすごいなと素直に感心してしまう。

カプセルホテルは初めてで、朝の支度をする他の宿泊者と顔を合わすしプライベート空間が狭くて落ち着けないでいた。

9時前にチェックアウトしロビーで彼を待つ。

彼らしきひとの姿が見えたとき、外に出てみるとやはり彼だった。荷物持つよ、と持ってくれたが重い!と言うので申し訳ない。

近所のファミレスで朝食を食べる。何を話したのかは全然思い出せない。今日どうしようね、という話にホテル♡と答えてまたそんなこと言う、とあしらわれた記憶はある。

とにかく涼しい場所に行きたいから別のカフェ探そうか、とりあえずここ出よう、と促されて席を立つ。当たり前のようにご馳走してくれて、私がお金を渡そうとしても受け取ってくれなくて、これが普通なんだろうか、と思いながらお金をしまう。

 

どこか近くにカフェないかなあという彼にホテルに行きたい♡というと調べてくれてほんとうにホテルに連れて行ってくれた。入るのが恥ずかしくなるくらいいかにもな感じのけばけばしいピンクの看板。

 

部屋に入ると涼しくて思わずベッドにぐったりと座り込んでしまう。ラブホテルって部屋に入るなりキスしたり抱きしめられたりするものだと思っていたから彼の冷静さが少しかなしい。どういうわけだか、肩を揉んで、と言われて首・肩・背中をほぐしていたはずが気づいたら誘っていて私は彼と関係を持つ。寝たあとの私たちはふたり仲良く煙草を吸う、お揃いの銘柄。煙草の火を消す彼は煙が完全に出なくなるまで、灰皿に煙草を押し付けている。その神経症に見えるほどの振る舞いをみて、電子タバコにすればよいのにと思ってしまう。口には出さないけれど。

ダメ元で付き合って~と言うと渋られていたが、真面目な話をして良い?と言われ、君の収入だと結婚できないんだ、といった話をされた。具体的な数字がたくさん出てきてあまり詳しく思い出せないが、私が稼げてないからスタート地点にすら立ててないということは分かる。何を言っても説得の余地はないということも、分からされてしまう。

 

二回寝ると時間はかつかつで、ふたりで急いでシャワーを浴びて部屋を出る。恥ずかしくなるようなホテルを出て東京駅に向かう。

東京駅のカフェはどこも混雑していて、でも少し並べば入れそうなお店を見つけてくれる。カフェの隅っこの席で軽食を摘まみながら話をする。人生について。

食べ終えた私たちはテーブルの上で手を繋ぎながら話す。傍目には随分と仲の良いカップルに見えることだろう。現実には抱いてもらえるくらいでカネが足りないからお前とは付き合えないと言われる体たらく。笑っちゃうよね。すごく楽しかったのに話の内容はあんまり思い出せない、ラリってたときみたいに楽しかったという言葉を得たことだけが記憶に刻まれている。

 

新幹線の乗り口までお見送りしてくれるという。改札の前で抱き着いたら、人前でこういうことされるのは好きじゃないんだと冷めた声で繰り返し言われる。それでも欲望に抗えなくて私は彼にしがみつく。また会ってくれる?と訊くと、おう、と応えてくれて、これで言質取ったって言うんでしょう?と言われる。呆れてるのか諦めているのか判別が難しい声で。

 

改札をくぐったあと、手を振って見送ってくれるひとが好き、そうじゃなくすぐいなくなっちゃうのは寂しいから。改札を抜けて振り返り、手を振ってくれる彼を見て手を振り返し、踵を返す。新幹線に乗ってしばらくすると、「乗れた?」とメッセージが届き、そういう気遣いに父親の影を感じて離れがたさを感じる。

また会ってくれる、ほんとうかな、わからない、けれども予定さえ合えば彼はほんとうに会ってくれるし、誘えば抱いてくれるんだろう。ほんとうは抱きたくなんかなくて搾取しているのかもしれないと思うと胸がきゅっと痛んだ。

 

 

「明日は難しいかな」という返事に「わかりました。お返事ありがとうございます。」と返してから放置していたトークルームを見ると「どこに泊まっているんですか?」と連絡が来ていた。昨夜の23時。

どうして気が付かなかったんだろう。気が付いていれば、いやでももう寝た男と会う約束していたし、そもそも23時に今どこいるか聞くってそういうこと?と脳が混乱に満ちていった。そんなひとじゃないって知ってるから他の男と会って良かった。そうに違いない。

「明日、会えませんか?」

そう送ったのは直前になるまで予定が立たない人だということが分かっていたから。でもそのひとと会っていればホテルになんて行かなくて済んだのだ。絶対に。

寝た男とのデートは楽しかった、文字起こしすればモーニング食べて、ホテル行って、カフェでお茶しただけなんだけど、眩しすぎて良く見えなかったみたいに記憶がうまく思い出せない。資格試験バトルするか~という話をしたことはよく覚えている。

 

ああ楽しかった。安井金毘羅宮に行っても切れなかったこの縁を、付き合ってくれないのに会ってはくれるこの仲を、神様はどうお考えなのか。私はどうすれば良いのか。

 

混乱する頭で返信をする。

「ありがとう、○○さんのおかげでとっても楽しかった!また会ってね!」

「こちらこそ~。気を付けて帰ってね」

 

どっと疲れが出る。

父親の上位互換である○○さんは私のことを認めてくれなくて、私を慮るようなことと私を軽んじるようなことどっちもする。ただ私は父親みたいな男に優しくされるその麻薬みたいな中毒性から簡単に離れられないのだ。

 

「明日、会えませんか?」

パラレルワールドに思いを馳せながら、私は目を閉じる。