軽蔑はとっくにされていた。

 

遠目に見た関係はあるいは私の語った言葉は彼を軽蔑させるに値するものだったのかもしれないという当たり前すぎる事実に傷ついて?ショックを受けている自分がいて情けない気持ちになってしまった。

私を褒めてくれる人は複数人いるけれど、(それは私が褒めてもらえるように出来たことを見せびらかす行動を取っているからだけど)彼から褒めてもらえることでしか埋められないものがある気がしている。シャワーを浴びるとか試験に出席するとか部屋を健康な人くらいに整頓するとか、たいていの健康な人にとってはクリアできて当然なミッションを褒めてほしいけど褒めてもらってもどこか空虚な気持ちはあって、でも彼もまたそれらに苦戦しており、心から褒めてくれているという確信が持てるのかもしれない。それに加えて彼は彼特有の独特な言葉選びで褒めてくれる、そしてそれらの言葉にとても喜んでいる自分がいる。

 

軽蔑されるの前に非合理的というか"損をする"ような行動を選択している自覚はあるつもりで、それでも"損をして""都合良く扱われて"得る苦痛の大きさを上回る大きさの幸福を与えてもらっているのだと思う。傍から見たらというか後からこの文章を読み返したら自分でも彼に恋愛感情がある、と思うだろう。でもなんだかそれは正確じゃない気がして、色恋というよりは手を切り難い家族との関係に似ていると少なくとも今の私の目にはそう映っている。

彼が悪者とか私が愚か者とか、そんな簡単な話じゃないと当事者として私は思うのそんな目で見られるのは仕方ないけれどでもそれだけじゃないのかもって第三者にも思ってほしいのかもしれない、私のことに限らず。誰にもそう思ってもらえなくても私は私のためにこのことを書き残し、いつか見返すためにも公開する。