完璧なデート

 

思いの外早く目覚めてしまったが、寒くてベッドからは出られない。意を決してエアコンのリモコンに手を伸ばし、腕に刺さる冷たさに縮こまりながら電源ボタンを押す。

 

この部屋に越してきてから1年経つ。

ひとりで暮らしているが私はまだ彼が帰ってくるのを待っている気分がどこかにある。

 

24日が日曜日という世のカップルには優しい日取りになっている年だ。私には厳しいということになるのだろうが、私も今日を楽しむぞという気概がある。

 

部屋が暖まってきたところでベットから出る。

今日はひとりでレストランに行き、水族館に行き、イルミネーションに行く予定だった。けれどもひとり客の予約はどのレストランにも難色を示されてしまった。仕方がないから今日は早めの時間から並ぶことにする。そのために早くおめかしする必要があるのだ。

 

この日のために買ったワンピースがある。

クラシカルなロリィタ服めいたスカートの裾の広がりを見せている、チェックのワンピース。色は深い緑。

このワンピースに合わせて黒くてかかとの高い靴とクラシカルなデザインのバッグも買った。

 

パジャマを脱いで特別な日に身につけると決めている下着を身につける。深緑のワンピースに試着以来初めて腕を通す。いや、購入の時に新品を用意してくれたから初めて身につけることになる。ワンピースのチャックを自分であげることには未だに慣れない。

化粧をして髪を巻き、香水を身に纏う。万人が嫌いじゃない清潔な香りはあまりにも私らしすぎるチョイスだと思う。

 

完璧な装い。けれども彼は満足しなかった。私の顔が美しくないから、所作が美しくないから。

 

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行列のできたレストランに並ぶ。予約をしない無計画なカップルと同じ扱いを受けるのは正直悔しいと思ってしまう。何名様ですか?の問いかけにひとりですと答えた私に店員が少し引き攣った表情をしたのを見逃すことは出来なかった。それでも席についた私はすぐさま注文をして堂々と食事をする。

 

水族館は事前にチケットを買っていたためスムーズに入館できたが、何を見にきたのかわからないくらい人間で溢れかえっていた。なんとか水槽に近づいて魚を見る。ほんとうは私も有象無象の男女二人組になるはずだったのだ、と思うと心がきゅっとなる。水槽が魚たちにとって十分広いとは思えず、また、水が寒々しく思えてきて足早に退館してしまう。

 

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イルミネーションまで時間が空いてしまったので駅ビルに行く。どこのカフェも馬鹿みたいに混んでいて、座るのを諦める。買い物をすると荷物になってしまうから何も買いたくないが、買う気もなく店に入るのは気が引ける。私は途方に暮れた。カラオケに行こうかと思ったがこの装いでそんな俗っぽい場所に行きたくないと強く思う。悩んだ末に立ち尽くしてしまい、とにかく腰を下ろしたい私はカフェの行列に並び始めた。ひどく惨めだと思ったが、この完璧な装いをしていて何を惨めに思う必要があるんだと思い返した。痛む足を揉みたい気持ちを抑える。今日の私はお姫様だからそのような振る舞いはしない。

 

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イルミネーションはひどい人混みで、諦めて帰ろうかと思うほどだったが、なんとか耐える。カップルばかりの人混みの中で私は孤高のお姫様なんだと言い聞かせる。言い聞かせてからぎょっとしてしまう。私はひとりなんかじゃない。彼がいるんだから。今ははぐれているだけで、すぐに迎えにきてくれる。そうしたら私は少しだけ不機嫌な顔をして、彼は機嫌直してと頭を撫でてくれるだろう。煌びやかなイルミネーションより人の頭の方が視界に入ってくるが、まあそういうものだろう。ふたりきりで見られたら良かったのにと思うが、そんな無理難題ふっかけるほど理不尽な姫にはなりたくない。私は順路を回り終えてイルミネーションの展示会場を出る。

 

 

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ふらふらになりながら歩いて、彼と行ったことのあるバーに入る。お姫様とて成人していればお酒くらい嗜んでも良いだろう。柑橘系のフルーツを使ったカクテルを頼む。アルコールが回ると涙腺が緩んでしまった。どうして私はひとりなのだろう。どうして彼は迎えにきてくれないのだろう。私はこんなにも彼好みの装いをしているのに。私の顔がいけない?育ちが悪いから?私はタクシーを呼んで自宅に戻る。

 

 

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脚立なら前から準備していた。

12階から飛び降りればまあ失敗はしないだろうけど、足から落ちないために脚立を用意した。

今日を完璧に過ごしたかったけれど、そうはいかなかった。こんなんだから私は愛されない。こんなにもお姫様なのに。私の葬儀に彼は来ないだろう。彼はもう結婚しているのだから。

私は手持ちの薬を全て飲む。脚立の上に立つ。化粧は崩れているだろうが、どうせぐちゃぐちゃになる。私は最後に精一杯息を吸って吐いて、脚立から身を放つ。

 

 

 

怪我だらけの私が病院で目を覚ましたのはまた後日の話。