携帯小説

「ねれない」

午前4時32分に送信されていた。アラームを止めて最初にすることは恋人からのLINEを確認することだ。眠れないという内容のLINEはほとんど毎日送られてくるため、正直慣れてしまったし、さりとてなんと返信するのが一番良いのか分からない。

「おはよう」

とりあえず返信した。

「寝れなくてつらい」

すぐに返事が来た。気持ちは分かるけど何を言って欲しいのか分からない。とりあえず頭を撫でているスタンプを送った。

「仕事行ってくるね」

それが最後のやり取りになった。

 

 

恋人なんて何の救済にもならない。分かっていた。昼職を転々としたあと夜職も齧ってみたが、給料が高めとはいえ出ていくお金も多く、ストレスから散財も悪化してお金は貯まらなかった。自暴自棄な気持ちになって入った飲み屋で声をかけられ、聞かれるままに連絡先を教え、数回会っているうちに気がついたら恋人ということになっていた。眠れないと頭がおかしくなって、明け方眠れないとメッセージを送りつけてしまうようになった。でもこんなの相手を困らせるだけだ。やめなくてはいけない。それで、LINEをブロックした。

 

 

恋人から返信が来なくなり、流石に心配になった。嫌な予感がしてブロックされていないか確認するためにスタンプをプレゼントしようとしたら、案の定このスタンプを持っているためプレゼントできませんの文字が表示された。心配していたのが馬鹿らしくなってきた。何も言わずに居なくなるのか。まあそういうものか。所詮はナンパから始まった関係だし仕方ないとため息をついた。大体、顔と雰囲気が好みだっただけで何も分からないままだったのだ。どうしようもない。

 

 

LINEをブロックしてしまえば終わる関係ってなんだったんだろう。彼の家にお邪魔したことはあったが私の家には招いていない。LINE以外の連絡先は教えていない。私は彼の人生から蒸発した。意外にもこういうことは初めてだが、やってみてよく分かった、ただの不毛だ。

なんとかして働かなければいけない。でも、それも疲れてしまった。彼はずっと昼職をできていてすごいと素直に尊敬する。私には出来なかったから。

もう終わりにしたいな、と思った。でも自殺を完遂する自信もない。私はどこに行けば。

 

 

ナンパはもう懲りたと思った。顔と雰囲気が好みだと言ってもそれだけのことだ。そう思うのにまた顔が好みの女の子を目で追ってしまう。

また同じことをするのか。自分に呆れた。でも他人に期待するのは不毛だ。誰にも声をかけずに店を出て一人で家に帰った。

 

 

もう何日もうまく眠れていなかった。身なりを整えることすらままならないという状況だったが、もう家にいることもつらかった。それで身なりを整えて外に出ることにした。運良くナンパされれば一人で朝を迎えずに済む可能性がある。久しぶりに繁華街近辺に行った。大きな交差点で喧しい宣伝カーを見た。バニラ高収入と繰り返されていることが分かった。この地を出たい。いつか誰かが言っていた、誰でも受け入れてもらえるという街、歌舞伎町に行きたいと思った。クレジットカードが止まることを懸念したがそうなったら死ねば良い。私は財布とスマホ、モバイルバッテリーだけしか持っていなかったがそのまま歌舞伎町に向かった。歌舞伎町は煌びやかだった。きらきらとしていて、でもその実何にもない街だということがわかった。行く場所を失った。知らない男に声をかけられてついて行くと、ホストクラブに連れて行かれた。ホストにキャバクラかメンズエステは?と勧められ、店を紹介してもらうことにした。

 

 

恋人が蒸発してから3ヶ月経った。どうでも良くなった気はしていたが、時々思い出していた。しばらく女を抱いていないことに思い至り、デリヘルでも呼ぶか、と思い立った。風俗情報サイトを開くがピンとくる嬢はなかなかいない。

諦めてもう閉じようとした時に目に飛び込んできたのは、蒸発した元恋人だった。その時、全ての情がなくなった。そういう子だったんだね。サイトを閉じて、検索履歴も消した。消せなかったLINEのトーク履歴とわずかな写真を消し、全てを無にした。終わることができた。僕はようやくほっとすることができた。

 

 

キャバクラでうまく指名が取れなかった私は担当に八つ当たりするようになった。担当は慰めてくれていたが、それでも指名を取れるようにならない私にデリヘルを勧めてきた。これまで聞いたことがないような甘い声で。サイトへの顔出しなしと聞いていたがサイトを見ると顔にもどこにもモザイクはかけられていなかった。どうでも良かった。おかげさまで指名は取れるようになったが、リピートがあまりなかった。繰り返すということができないのかもしれない。元の家は強制退去になった。デリヘルの寮にしか居場所がない。繰り返すことはできないのに終わりが来ない。私は何もわからないままに客の相手を毎日する。

また会えるから

ミカは昔から物を頻繁になくす子だった。彼女の母親がいくら持ち物に名前を書いても、目立つ色の持ち物を用意しても彼女は持ち物を失くしてしまうのだ。

とはいえミカが失くすものは小さいものばかりだった。ピンクのハンカチ、黄色いクレヨン、オレンジ色の小さいくまのマスコット。失くしても悪びれないミカに母親は叱責を繰り返したが、叱責で紛失をやめられる訳もなく、ミカの紛失は繰り返されていた。

 

とはいえミカの欠点は小さなものを紛失する程度で、その他には目立った問題がなかった。母親はミカを心配しながらも見守ることにした。

 

事件が起きたのはミカが中学生の頃だった。ミカの両親は家を建て替えることにした。建て替えのために業者がミカの家の土地を掘り返したところ、ゴミがたくさん出てきたのだ。掘り返したために粉砕されてしまったものもあったが、ピンクだった布切れや小さなぬいぐるみ、蛍光ピンクのキーホルダー、ラメの入ったスーパーボールまで出てきた。両親は仰天し、それらを取り除かないと家を建てるのは無理だ、取り除くのに追加の費用と時間がかかるという業者に平謝りした。そう、ミカはお気に入りのものを埋めていたのだ。

 

両親はミカを問い詰めた。どうして物を、それもお気に入りの物を埋めようと思ったのか、と。ミカは答えた。

「前にね、飼ってたキンちゃんが死んだとき、庭に埋めたでしょ、あれと同じだよ。」

「死んだ金魚とお気に入りのぬいぐるみが同じなわけないだろう。」

「ううん。同じだよ。確かにあのぬいぐるみもハンカチもみんな気に入ってたけど、でも、飽きちゃったの。飽きちゃったら死んじゃったのと同じでしょ?それに埋めたらそこにずっといるんだから、もし会いたくなったら会いにいけるの。亡くなった桧山のおばあちゃんだって焼かれたあと埋められてるから会いに行けるでしょう?」

両親は絶句した。この子はどこかおかしいに違いない。でも、どうすれば?

「とにかく物を埋めるのはやめなさい。埋めるのは亡くなった人や動物を弔うためで、飽きたものを埋めるのは間違ってるんだ。弔うってわかるか?分からなければ辞書で調べなさい。今度何か埋めたくなったらお父さんに相談してからにしなさい、良いね?」

「…わかった。」

釈然としない顔でミカは答える。

 

その後ミカは庭に物を埋めなくなった。両親は胸をなでおろした。

 

大学を卒業して数年後、ミカは結婚し子どもを授かった。

切迫早産になったことをきっかけにミカは仕事を辞め、ミカの実家で暮らすことにした。出産後もミカは実家で子育てをした。ミカの実家は乳児用の衣類やベビーベッドなど子育てのための物で溢れた。ミカは乳児を抱きかかえてよく散歩をした。両親はミカのサポートをし、穏やかな日々が続いていた。少なくとも表面上は。

 

そんなある日、ミカの両親は銀婚式を迎えた。

「子育て慣れてきたし、ふたりで旅行でも行ってきなよ。」

ミカは言った。両親はミカの安定した様子に安心していたため、旅行に行くことにした。

旅行から帰ってきた両親は仰天した。ミカの娘のおもちゃがすべて無くなっていたのだ。

「おもちゃはどうしたの!?」

「…庭に埋めた。」

「どうして!?」

「○○がもう飽きたって言ったから…。」

両親は途方に暮れた。ミカから目を離すわけにはいかない。

そうはいっても両親は当然老いていく。バリアフリーではない普通の家で暮らすことに限界が出てきた。両親は意を決して義理の息子、つまりミカの夫にすべてを話した。

「そういうわけで××くんにはミカから目を離さないでほしいんだ、お願いできるかな」

「わかりました、なるべくミカをひとりにしないようにします」

こうして両親は老人ホームに入所していった。

 

ミカの子が生まれて2年ほど経った頃、ミカの娘はイヤイヤ期に突入した。

ミカに余裕があるときは冷静に娘の相手をできるのだが、余裕がなくなると、娘が嫌だと跳ねのけた物ーおもちゃ、タオル、ヘアブラシ、おむつなどーを庭に埋めてしまうのだった。ミカの夫は日中会社で働いているため付きっ切りになることはできず、深夜こっそりとミカの埋めたものを掘り返すことになった。

 

ミカの娘のイヤイヤ期は4歳を目前にしてぱたんと終わった。ミカとミカの夫は肩の荷が下りた気分だった。しばし平和な日々が続いた。

 

 

ミカの夫が深夜に帰宅した日、ミカの姿も娘の姿もなかった。

ミカの夫がミカに電話を掛けようとスマホを取り出すと知らない番号からの着信履歴があった。電話番号を検索すると△△警察署だった。急いで折り返すとミカと娘を保護しているから迎えに来るようにと伝えられる。安心してください、お二人とも無事です、と言われるが安心なんてできるわけない。とにかく警察署に来てくださいと冷静な声の警察官に言われる。警察署に着いて入口にいた警察官に名前を伝えると、担当らしき警察官に引き継がれた。

「娘さんは奥さんが面倒を見ていらしたんですか?」

「はい、そうです」

「大変申し上げにくいのですが、奥さん、娘さんを庭に埋めようとしていたみたいで」

「それで娘は」

「無事です。奥さんが庭に埋めようとしていたところ、通報があって保護しました。病院にも連れて行きましたが特に怪我はないとのことです。」

「娘に会わせてください」

「わかりました。今寝ていますが顔を見てもらうのは構いません。」

警察官に連れられて別室に行くとベッドで娘が眠っていた。見たところ目立った傷はない。少し落ち着きを取り戻した。警察官に促されてすぐに部屋を出る。

 

「それで妻は…」

「別室にいます。こちらの問いかけにあまり応じてもらえなくて困ってるんですよね。旦那さんからも声かけてもらえませんかね。」

さらに別室に連れていかれると、妻がいた。疲れ切った、呆けたような顔をしていた。

「ミカ、お前なにしたんだ!」

「…また会えるでしょ?」

「何言ってるんだ。」

「大事だったけど飽きちゃったものは埋めるの、そうすればそこに行けばまた会えるから。」

「○○を殺す気だったのか!」

「○○はもう死んでるよ。だって母親の私がもう飽きちゃったんだもん。」

 

***

その後、半年かけて離婚が成立し、ミカの夫は娘を引き取った。

 

ミカの家の庭には、穴を掘った跡が無数にある。

 

マッチングアプリ

帰宅後真っ先にすることはベッドに寝転がることで、その次にすることはマッチングアプリを開くことだ。審査の甘いアプリを使い、26歳看護師という設定になりきっている。26にしたのは自分より若いが絶対的に若いわけではない女がどう扱われるのか興味があったからで、看護師にしたのは男受けがよくかつ職場が女だらけで出会いがないという話を信じれてもらいやすかったからだ。

 

大量に来るいいねのうち、25歳以下はいいねを返さない。前にいいねを返したら会ってもないのにお姉さんの家に行きたいだの学費苦しいだの言ってきたから歳下に忌避感を覚えるようになってしまったのだ。一方で30超えてる人間にも距離感が狂っている人間はたくさんいて、こりゃあマッチングアプリを使っていても会うところまで漕ぎつけないだろうな、としか思えない。

 

ユイのほんとうの職業はフリーターで、正社員になったことがない。いわゆる定職についたことがないということになるんだろう。接客は苦手だし誰が使ったか分からないお手洗いの清掃をするのも苦手だが、なんてことないですという顔をしてこなしている。ただ、職場の人間たちと業務外のことを話すのが苦手なのは隠しきれていない。

今の職場は本屋で、平日昼間はさほど忙しくない。もともと本は好きなのでどこに何が置いてあるかもある程度把握できている。しかし、万引き対策だけはいつまでも慣れない。長く勤めるうちに挙動のおかしい奴はなんとなくわかるようになると店長からは言われたが、幸か不幸かひとりも検挙できたことがない。

 

淡々と静かな職場で働いて社会と少しだけ繋がれているこの生活に大きな不満はないはずだった。薄給だが責任は重くないし本を運ぶのは多少重労働だが好きなことをやっていると思えばまあ耐えられる。本屋の客はクレーマーが少ないのも助かる。カフェのバイトもしたことはあるが要領が悪くすぐに辞めてしまった。それを思えば今の生活は随分とマシなものなのだ。

 

ユイがマッチングアプリを始めたのはひょんなことがきっかけだった。彼氏がマッチングアプリを使っているかもしれないという友達が、ユイに潜入捜査してくれと頼んできたのだ。友達もまた別の友達から頼まれてマッチングアプリを潜入捜査目的で登録したらしく、その時に彼氏らしきアカウントを見つけてしまったというのだ。

友達の彼氏らしきアカウントについて彼氏に問い詰めると案の定黒で、ただもうやめるという言葉が事実か確かめるためにユイちゃんからいいねを送ってほしいと言われたのだ。結果いいねは返ってこなかったが、彼のアカウントのプロフィールは更新されており、彼まだマッチングアプリを使ってるよ、と友達に報告した。友達は別れると息巻いていたもののいざ会うと別れを切り出せず今もなお付き合いは続いている。

なんだったんだ私は、そう感じたユイは、せっかく登録したし使ってみるか、という気持ちになり、マッチングアプリに足を踏み入れた。

 

ユイは元々コミュニケーション能力が高い方ではない。表面的な、建前ベースの会話はかなり苦手だ。マッチングアプリはどうでも良い会話からスタートさせなければいけなくて、かなりしんどい。が、これが接客やあるいは面接の練習になるのではないかと思って壁打ちのように返信をしている。

 

マッチングアプリで男性に会ったことは3度ある。1人は趣味(演劇)の話を聞きたくてあったのに、演劇の話はロクにしてくれずつまらなかったからすぐに連絡を返さなくなった。もう1人は初めて会った日のうちに、この近くにプールのついたラブホがあって行ってみたいんだよね、水着貸し出してくれるらしいし行こうよ、というのですぐに帰った。最後の1人は顔が良くてあってみたが、話が何もかも合わなくて地獄みたいな空気になり解散した。3度会ってだめならもうだめだろう、そう思ったユイは、マッチングアプリの男性たちに日々返信をし、会おうよと言われるとブロックする作業を繰り返していた。男性たちはユイのことを大してちやほやしてくれない。顔がかわいいと言ってくるのも10人に1人くらいだ。それなのになぜと言われるとユイにもよくわかっていない。ヤリモク男への復讐だろうか。承認欲求を満たしているのか。

 

そんな日々を繰り返していたユイだが、マッチングアプリで珍しく気になる相手が見つかった。好きな映画も好きな小説も一致していたのだ。さっそくいいねを返してメッセージを待つ。ところが3日経っても返事が来ない。ユイはもう飽きたか他の人とマッチしたのだろうと諦めてどうでも良い男とのメッセージに労を割いた。ユイが忘れた頃ーユイがいいねしてから10日経ってなんと例の男から返信がきた。映画も小説も趣味が会うなんて嬉しい、良ければ今度お会いしましょう、との連絡が来た。ユイは多少警戒したものの、昼間にお会いしたいですと返信した。男からはもちろんです、せっかくなら○○図書館でお会いしませんか、と返事が来た。ユイは快諾した。日時を決め、やり取りは一旦中断された。

図書館デートはユイにとって楽しいものだった。なんせ男はユイの好みの本をすべて読んでおり、おまけにユイが気に入りそうだと見繕った本もユイの好みドンピシャだったからだ。ユイは男をひどく気に入ってしまった。連絡先を交換し、また会おうと話して解散した。

 

それきり、ユイはマッチングアプリを開かなくなった。男に勧められた小説や映画を摂取するのに忙しかったからだ。そのうち男と映画館にも通うようになったが、薄給のユイには出費が痛手だった。ユイは男に申し出た。映画館で観たいのは山々だけど、お財布が厳しいから、うちでNetflixでも観ない?と。男はいささか驚いた顔をしたのち、すまなそうな顔をして、気が利かなくてごめん、ユイさんがそうしたいならそうしようか、と言った。

ユイと男はユイの家でNetflixを観るようになった。とはいえNetflixで観られるような作品で男が満足するわけなく、すぐにもっとマイナー作品が観られるサブスクに移行したのだが。ユイは男と親密になっていったが一抹の不安があった。家に来るようになったのに一向に手を出されないのだ。いや、ユイとしては肉体関係を持ちたかったわけではないが、手を繋いだりもたれかかったりすることすらないのはやや異常じゃないのか。マッチングアプリで知り合った以上、恋愛に発展するのが普通なんじゃないのか。そう思うと男が急激に不気味な生き物に見えてきた。

 

ある時ユイは思い切って、○○さん、マッチングアプリ使ってましたよね。あれは映画友達を探していたんですか?と訊いた。男はしばし黙ったのち、ゆっくりと口を開いた。確かに僕たちはマッチングアプリで知り合った。ユイさんが不安になるのも当然だろう。ただ、僕の性癖はちょっと特殊でね、ずっと気が引けてたんだ。でもユイさんがそう言ってくれるなら試してみようかな。男はそういうといつも持ってきていた鞄の中から麻縄のロープを取り出し、呆気にとられるユイの手首を後ろ手で縛った。血の気の引いたユイの顔を見て男は申し訳なさそうな顔をしたあとに、弁明する口調で言った。怖がらせてごめんね。痛いことはしないから安心して。そう言うと男はユイの脇腹をくすぐり始めた。くすぐりに弱いユイは、ちょっと○○さん何するの、とじたばたと足をばたつかせたが、男はユイの鼠径部のあたりに馬乗りになり、脇腹をくすぐりつづけた。くすぐられるのに疲れたユイが足をばたつかせなくなった頃、男はごく自然にコンドームを取り出しユイの下着を脱がせ、戸惑うユイを尻目にコンドームを装着して挿入した。前戯すらしていない性器がスムーズに受け入れられるわけもなくユイは低いうなり声をあげる。男は構わずピストンを続ける。やがてユイがなんの声も発さなくなった頃、男はようやく射精しユイから離れた。

ぐったりとするユイに男は言った。ごめんね、僕こういう風にしないと興奮できなくてさ、前に別のアカウントでユイちゃんとマッチしたときに、この子変わった小説とか映画とか好きなんだなぁって思って、それでユイちゃんと趣味合うフリすればこうすることができるって思ったんだ。ユイちゃんはマッチングアプリで男と会う気なんてなかったんでしょう?でも僕と会っちゃった。懲りずに他の男とも会ってあげてよ。それだけ言うと男は帰っていった。ユイは何も言えなかった。

 

ユイは頭の中がぐちゃぐちゃだった。どうすれば良いのかわからなくて、とりあえず日常を続けようと思った。日常を続けるということはマッチングアプリを続けるということだった。

ただ、このまま過ごすわけにはいかなかった。男にやられっぱなしで良いわけがない。ユイは会おうと言ってきた男たちに会いに行くようになった。ユイの方から○○さんのお家に行きたいな、と言えば断る男はいなかった。ユイは男の家に行くと金目の物を物色したり家族とのアルバムをこっそり処分したりするようになった。それでもユイの気は収まらなかった。ユイは天涯孤独の男を探すようになった。そうすれば何をしてもしばらくは見つからない。

ある日、浮浪者のような見た目の男とマッチした。会って話を聞いてみると路上生活をしているらしい。スマホは人にもらって、無料期間だけ使えると教えてもらったと。

ユイは内心呆れたが、こいつしか居ないと思った。気候の良い時期だから、ブルーシートでも大丈夫、○○さん家に連れてって、そういうと流石に困惑した顔をされたが、大学で社会学を学んでいる、こういうのも社会勉強で、失礼でなければ是非、というと家に入れてくれることになった。

路上生活者の家は家と呼び難い代物で、ユイもさすがに怯んだが、ここで逃げるわけにはいかないと思い○○さんに続いて家に入る。もう日が落ちたし飲みましょうと言って酒瓶を取り出す。○○さんにばれないように眠剤を混ぜて渡す。○○さんと乾杯してふたりで酒を呷る。しばらくするとユイは寝込んでいた。○○さんが気づかないわけなく、ユイのお酒と○○さんのお金をすり替えたのだ。○○さんは寝入ってしまったユイの身体を存分に弄んだ。翌朝目が覚めたユイは、誰もいなくなった小屋ですべてを悟った。段ボールや廃材で作られた簡素な小屋をユイは角材で殴って凹ませた。

 

少し歩けば駅がある。ユイは異様な身なりで駅まで歩く。早朝のホームには誰もいない。ユイの前を電車が通過する。こんな早朝でも電車は動いているのだ。電車を2本見送ったところでユイは立ち上がった。3本目の電車が来た時、ユイはー

流れるままに

「明日、会えませんか?」

そう送ったけれど既読すらつかず、諦めた私は他のトークルームを開く。

 

「明日会いたい」

さっきまで別のことについてやり取りしていたのにぶった切るような言葉を送った。

「何時?」

意外にもすぐ返信が来て、私はその男と会うことにする。

「どこか行きたいとこある?」

一番難しいことを聞かれる。灼熱地獄の真夏の東京で行きたいところなんて夜にしかないし、明日夕方には東京を出る。

少し遠いんだけどと切り出した多摩の展示は多摩って遠いんだよとやんわり断られた。

他にも何箇所か候補地を挙げたけれど「暑くて死ぬ」の返信が繰り返される。

困り果てた私は博打に出る。

「こんなこと言うのアレだけどずっと涼しい場所、宿泊施設かな」

「それはそう」「どこも暑いからね、家から出たら負け」

「じゃあ○○邸は?」

「うち、何もないよ」

じゃあどこで会うつもりだったんだと若干いらいらする。

「まあ明日決めよう。ホテルまで迎えにいこうか。」

迎えに来てくれるという気遣いに思わず嬉しくなってしまう。

「迎えに来てくれるの嬉しい、○○ホテルにいる、××駅のすぐ近く。チェックアウト10時だからホテルに10時に来て」

「了解」

これで前述男性から会いましょうと連絡が来たら私はどうすれば良いんだろうと思うとやや気が滅入る。

まあ完全に杞憂で夜遅くになってから、「明日は難しいかな。」と簡潔な返信が来た。

落ち込む気持ちとほっとした気持ちが入り混じる。

東京は私にとって、なんでもある街、ではない。会いたいひとたちに会うための街だ。だからこれで良い。私は眠る支度をし、眠れないことを予期しながら横たわる。

 

翌朝もここ数日と同じように早朝5時頃に目が覚めてしまった。二度寝することができず、7時過ぎに身支度を始め、8時には支度を終えてしまった。

「もういつでも出られる」

今日会う男に連絡する。

「分かった。9時過ぎにそっち行く。」

10時って言ってたのに1時間も早く来られるなんてすごいなと素直に感心してしまう。

カプセルホテルは初めてで、朝の支度をする他の宿泊者と顔を合わすしプライベート空間が狭くて落ち着けないでいた。

9時前にチェックアウトしロビーで彼を待つ。

彼らしきひとの姿が見えたとき、外に出てみるとやはり彼だった。荷物持つよ、と持ってくれたが重い!と言うので申し訳ない。

近所のファミレスで朝食を食べる。何を話したのかは全然思い出せない。今日どうしようね、という話にホテル♡と答えてまたそんなこと言う、とあしらわれた記憶はある。

とにかく涼しい場所に行きたいから別のカフェ探そうか、とりあえずここ出よう、と促されて席を立つ。当たり前のようにご馳走してくれて、私がお金を渡そうとしても受け取ってくれなくて、これが普通なんだろうか、と思いながらお金をしまう。

 

どこか近くにカフェないかなあという彼にホテルに行きたい♡というと調べてくれてほんとうにホテルに連れて行ってくれた。入るのが恥ずかしくなるくらいいかにもな感じのけばけばしいピンクの看板。

 

部屋に入ると涼しくて思わずベッドにぐったりと座り込んでしまう。ラブホテルって部屋に入るなりキスしたり抱きしめられたりするものだと思っていたから彼の冷静さが少しかなしい。どういうわけだか、肩を揉んで、と言われて首・肩・背中をほぐしていたはずが気づいたら誘っていて私は彼と関係を持つ。寝たあとの私たちはふたり仲良く煙草を吸う、お揃いの銘柄。煙草の火を消す彼は煙が完全に出なくなるまで、灰皿に煙草を押し付けている。その神経症に見えるほどの振る舞いをみて、電子タバコにすればよいのにと思ってしまう。口には出さないけれど。

ダメ元で付き合って~と言うと渋られていたが、真面目な話をして良い?と言われ、君の収入だと結婚できないんだ、といった話をされた。具体的な数字がたくさん出てきてあまり詳しく思い出せないが、私が稼げてないからスタート地点にすら立ててないということは分かる。何を言っても説得の余地はないということも、分からされてしまう。

 

二回寝ると時間はかつかつで、ふたりで急いでシャワーを浴びて部屋を出る。恥ずかしくなるようなホテルを出て東京駅に向かう。

東京駅のカフェはどこも混雑していて、でも少し並べば入れそうなお店を見つけてくれる。カフェの隅っこの席で軽食を摘まみながら話をする。人生について。

食べ終えた私たちはテーブルの上で手を繋ぎながら話す。傍目には随分と仲の良いカップルに見えることだろう。現実には抱いてもらえるくらいでカネが足りないからお前とは付き合えないと言われる体たらく。笑っちゃうよね。すごく楽しかったのに話の内容はあんまり思い出せない、ラリってたときみたいに楽しかったという言葉を得たことだけが記憶に刻まれている。

 

新幹線の乗り口までお見送りしてくれるという。改札の前で抱き着いたら、人前でこういうことされるのは好きじゃないんだと冷めた声で繰り返し言われる。それでも欲望に抗えなくて私は彼にしがみつく。また会ってくれる?と訊くと、おう、と応えてくれて、これで言質取ったって言うんでしょう?と言われる。呆れてるのか諦めているのか判別が難しい声で。

 

改札をくぐったあと、手を振って見送ってくれるひとが好き、そうじゃなくすぐいなくなっちゃうのは寂しいから。改札を抜けて振り返り、手を振ってくれる彼を見て手を振り返し、踵を返す。新幹線に乗ってしばらくすると、「乗れた?」とメッセージが届き、そういう気遣いに父親の影を感じて離れがたさを感じる。

また会ってくれる、ほんとうかな、わからない、けれども予定さえ合えば彼はほんとうに会ってくれるし、誘えば抱いてくれるんだろう。ほんとうは抱きたくなんかなくて搾取しているのかもしれないと思うと胸がきゅっと痛んだ。

 

 

「明日は難しいかな」という返事に「わかりました。お返事ありがとうございます。」と返してから放置していたトークルームを見ると「どこに泊まっているんですか?」と連絡が来ていた。昨夜の23時。

どうして気が付かなかったんだろう。気が付いていれば、いやでももう寝た男と会う約束していたし、そもそも23時に今どこいるか聞くってそういうこと?と脳が混乱に満ちていった。そんなひとじゃないって知ってるから他の男と会って良かった。そうに違いない。

「明日、会えませんか?」

そう送ったのは直前になるまで予定が立たない人だということが分かっていたから。でもそのひとと会っていればホテルになんて行かなくて済んだのだ。絶対に。

寝た男とのデートは楽しかった、文字起こしすればモーニング食べて、ホテル行って、カフェでお茶しただけなんだけど、眩しすぎて良く見えなかったみたいに記憶がうまく思い出せない。資格試験バトルするか~という話をしたことはよく覚えている。

 

ああ楽しかった。安井金毘羅宮に行っても切れなかったこの縁を、付き合ってくれないのに会ってはくれるこの仲を、神様はどうお考えなのか。私はどうすれば良いのか。

 

混乱する頭で返信をする。

「ありがとう、○○さんのおかげでとっても楽しかった!また会ってね!」

「こちらこそ~。気を付けて帰ってね」

 

どっと疲れが出る。

父親の上位互換である○○さんは私のことを認めてくれなくて、私を慮るようなことと私を軽んじるようなことどっちもする。ただ私は父親みたいな男に優しくされるその麻薬みたいな中毒性から簡単に離れられないのだ。

 

「明日、会えませんか?」

パラレルワールドに思いを馳せながら、私は目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

20210201

 

口だけで行動が伴わず、決断が苦手で先延ばしにする人間のどこに惹かれるのか。

他に目を奪われる魅力があることも少なくないと思うが、一部の人間にとっては決断や行動から逃げ回ることそのものも魅力になっている(魅力だと自認されているケースはレアだと思うが)と思う。

その一部の人間というのは、自らに選択や決断、行動を課している・投げ出してはいけないと考えている人間であることが少なくないと思う。その心がけ自体は素晴らしいと思う反面、本人にとって負担になるのもまた事実であると思う。

自分に課している、場合によっては外から課されている、囚われている場合いずれにせよ背負うことになる負担。冒頭に述べた口だけの人間はその負担に囚われていないように見えるという意味では魅力的に映り得ると思う。あんな嘘つきのどこが良いの、に対する答えがこれだったんだと思った。

 

自分の手に負えないほどのものを課そうとしないこと、ある程度ゆとりを持つことが、冒頭に述べたような人間に惹かれてしまわない人間になる方法なのかなあと思っている。知らんけど。おわり。

20210126

 

 

幼馴染の誕生日、久しぶりに誕生日を祝うメッセージを送った。返信をくれたのでついでに卒業確定報告をすると想定以上にお祝いの言葉をくれた。

私は卒業成功ではなく大学追放みたいに感じていて全然喜べていなくて、でも大事な人たちから祝ってもらったり褒めてもらったりすると嬉しくなる。祝ってもらえることは非常にありがたい。

 

 

想定以上の言葉をもらって私は嬉しさと驚きとで困惑したのと私はこれに飢えていたのかという気持ちになった気がする。

私は私から好きになった人(たち)に、恋人など特別な存在としては認められず(友人として扱われ)なおかつ私の成功体験もしくは(失敗に終わっても)努力した過程を褒められる・承認される時に最も心が満たされるらしい。脳内麻薬が出るってこういう感じなのかなと思った。

 

だとしたら私が心を満たすのはかなり条件が限られているし、そもそも他人を介さないと心を満たせないのか、という話になる。自分の心を自分で満たす、には。はて。

 

もっと他にも心を満たせるものがあるはずなんだけどね、大体のこと全部束の間のことに思えるよね。

うまくまとまらないけどこの辺で終わる。

 

20210111

 

睡眠時間が増え、食事量が増え、でも家事ができる程度で勉強は全然。毎日毎日信じれないくらい寂しい。薬合ってなさそうと思うけど、薬だけじゃなさそう。そもそも気概も動機もない。困るのは私なのに、困るのは私だからかもしれないけれど既に困ってるよ。

どうしても欲しいものもう何もないし何にも心が躍らなくて半分死んでると思う。